A SONG'S GRAND TOUR — 1958 → 2025

一曲の歌の、
67年分の旅行記。

ヴォラーレ——イタリア語で「飛ぶこと」。
たぶん、あなたはこの歌を知っている。
ビールのCMで、街のどこかで、一度は聴いている。
でも、この歌がどこから飛び立って、
どこまで飛んでいったのかは——たぶん、知らない。

FIRST LISTENまずは、いつもの一曲から

まず聴く

たぶん、知っている。

「Volare」Gipsy Kings(1989)

公式ミュージックビデオ(gipsykingsVEVO)ジプシー・キングスの部屋へYouTube

日本では、キリン「麒麟淡麗〈生〉」のCMで長年流れてきた、ビールのCM曲の大定番。
夏の一杯目みたいなギターだ。ここまでは、いつも通り。

でも、これ。
原曲じゃない。

ITALIA → NEW YORK1958

1958年、原曲

原曲は、31年前のイタリアで生まれている。1958年、イタリアの歌手ドメニコ・モドゥーニョが発表した「Nel blu dipinto di blu(青に染まった青の中)」。世界がこの歌を「Volare」の名で呼ぶようになる、その大元だ。

そしてこの歌は、その年のうちに大西洋を渡った。1958年8月17日、モドゥーニョはニューヨークにいた。アメリカの人気テレビ番組、エド・サリヴァン・ショーのステージだ。

「Nel blu dipinto di blu」Domenico Modugno(1958)

エド・サリヴァン・ショー公式チャンネル(1958年8月17日放送回)モドゥーニョの部屋へYouTube

イタリア語のまま、アメリカのお茶の間へ。
両手を広げ、空を見上げて歌う。volare——「飛ぶ」という意味の、あの一語を。

同番組の映像より。両手を広げて歌い、歌のあとに握手を交わす

翌年の春、この歌は歴史の最初のページに載る。

1959

THE 1st GRAMMY AWARDS

RECORD
OF THE YEAR

SONG
OF THE YEAR

Nel Blu Dipinto Di Blu (Volare)

第1回グラミー賞・最優秀レコード賞と最優秀楽曲賞をダブル受賞(GRAMMY.com 公式アーティストページ

グラミーという賞の、いちばん最初の主役は、英語の歌ではなかった。イタリア語の、この歌だった。

同じ1958年には、ディーン・マーティンが英語版を出している。歌はもう、作者の手を離れて飛びはじめていた。

ここで、最初の曲に戻る。

同じ曲。でも、もう同じようには聴こえないはず。

SECOND LISTEN1989

二度目のジプシー・キングス

原曲から約30年。フラメンコ・ギターの一団、ジプシー・キングスがこの歌を取り上げ、彼らの「Volare」は、日本ではビールのCM曲の大定番になった。

もう一度、冒頭の映像を再生してみてほしい。そして今度は、歌詞の「音」に耳を澄ませてほしい。

「Volare」Gipsy Kings — 二度目

公式ミュージックビデオ(gipsykingsVEVO)YouTube

気づいただろうか。彼らは、イタリア語で歌っていない。

ジプシー・キングスのVolareは、スペイン語だ。

イタリアで生まれ、アメリカで賞を取り、30年かけてスペイン語の服に着替えた。
あなたが知っていた「あの曲」は、長い旅の、途中の姿だった。

そして歌は、日本の声と出会う。

PARIS2013

日本のボラーレ

ジプシー・キングスの創設メンバーのひとり、チコ・ブシキが率いるチコ&ザ・ジプシーズが、パリのスタジオに日本から歌い手を招いた。

松崎しげる、その人である。曲名は「愛のボラーレ」。

「愛のボラーレ feat. シゲル・マツザキ」チコ&ザ・ジプシーズ

ビクターエンタテインメント公式・パリでのレコーディング風景(アルバム『愛と情熱のジプシーズ』2013)チコ&ザ・ジプシーズの部屋へYouTube

イタリア語、英語、スペイン語ときて、今度は日本語。
この歌は、着替えるたびにその土地の顔になる。

最後は、2025年の夏。

旅の終わりは、いつも出発した場所だ。

PERUGIA, ITALIA2025.7.17

ウンブリア・ジャズの大合唱

イタリア・ペルージャの野外フェス「ウンブリア・ジャズ」。この夜のステージに立ったのは、ロンドン生まれの音楽家ジェイコブ・コリアー。客席そのものを巨大な合唱団に変えてしまうことで知られる人だ。

クイーンの「Somebody to Love」を観客と歌ううち——この歌が、飛び出した。67年前にこの国から飛び立った、あのメロディが。

「Somebody to Love / Volare」客席とジェイコブ・コリアー

ウンブリア・ジャズ2025(観客撮影・非公式)ジェイコブ・コリアーの部屋へYouTube

誰も楽譜なんて見ていない。イタリアの夜空の下、客席ぜんぶが声を合わせる。
みんな、この歌を覚えているのだ。生まれる前から知っていたみたいに。

知っている曲ほど、
知らない旅をしている。

そしてこの歌の旅は、たぶんまだ終わっていない。

A song has been flying for 67 years — and it hasn't landed yet.

NEXT STORY

世界を一周する歌の話を読んだ。
次は、海を渡って歌い継がれる歌の話を。