失恋、卒業、もう会えない人。別れの夜にそっと寄り添う棚。

坂本九「上を向いて歩こう」
さよならの棚 〜別れ・卒業・追悼・会いたい〜
全米1位を獲った日本語の歌。空を見上げる癖を、世界に教えた。

高橋幸宏「TONG POO (YMO)」
さよならの棚 〜別れ・卒業・追悼・会いたい〜
坂本龍一作、1978年。ドラムの高橋いわく「ドビュッシーの影響とか露骨に出していて」。題はゴダールの映画から。

Robbie Robertson「The Weight」
さよならの棚 〜別れ・卒業・追悼・会いたい〜
歌い出しのナザレは聖地ではなく、ギターの内側に刻印されていたマーティン社の町。1968年。

藤圭子「圭子の夢は夜ひらく」
さよならの棚 〜別れ・卒業・追悼・会いたい〜
元は少年鑑別所で歌われていた歌。18歳の藤圭子が歌い、1970年にオリコン10週連続1位。

YMO「RYDEEN」
さよならの棚 〜別れ・卒業・追悼・会いたい〜
題の元は江戸の力士・雷電。発想は「黒澤明が『スター・ウォーズ』を撮ったら」。だから馬が駆ける。1979年。

松田優作「探偵物語」
さよならの棚 〜別れ・卒業・追悼・会いたい〜
1979年、全27話。OPもEDもSHŌGUN。シングルは「Lonely Man」がA面だった。

横山やすし「やすし・きよし 漫才」
さよならの棚 〜別れ・卒業・追悼・会いたい〜
1966年結成、漫才ブームの頂点。1986年、きよしの参院当選でコンビは止まった。

美空ひばり「川の流れのように」
さよならの棚 〜別れ・卒業・追悼・会いたい〜
最後に残した一曲が、人生そのものになってしまった。

SUPER JUNKY MONKEY「Buckin' the Bolts」
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90年代に、こんなバンドが日本にいた。知らなかった、という罪悪感をどうぞ。

The Cranberries「Zombie」
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1993年、IRAの爆弾で死んだ3歳と12歳の子のために書かれた。1994年。

John Lennon「Imagine」
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歌詞の元はオノ・ヨーコの詩集『グレープフルーツ』。2017年、彼女が共作者としてクレジットされた。

XXXTENTACION「SAD!」
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20歳で死んだ翌週、52位から1位へ。死後の1位は1997年のノトーリアス・B.I.G.以来。

Christine McVie「Songbird」
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真夜中に30分で書き、講堂を借り切って一人で録った。ピアノには花束と3本のスポットライト。1976年。

上島竜兵「ダチョウ倶楽部 熱湯風呂」
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「押すなよ」は準備中、「絶対に押すなよ」で準備完了の合図。初出は『スーパージョッキー』。

西城秀樹「YOUNG MAN (Y.M.C.A.)」
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Y・M・C・Aを全身で表す振りは西城自身の考案で、本家ヴィレッジ・ピープルに逆輸入された。『ザ・ベストテン』唯一の満点9999点。

MISIA「逢いたくていま」
さよならの棚 〜別れ・卒業・追悼・会いたい〜
声だけで会場を黙らせる、会いたさの名曲。

加藤和彦「あの素晴しい愛をもう一度」
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曲に1日、詞に1日。1971年、シモンズ用の依頼曲が2人の歌になり、教科書に載った。

Tony Bennett「The Lady Is a Tramp」
さよならの棚 〜別れ・卒業・追悼・会いたい〜
85歳の誕生日に合わせたアルバムで、25歳のガガと。1937年の曲が2011年に。

坂本龍一「Merry Christmas Mr. Lawrence」
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俳優として呼ばれ、出演の条件に音楽を引き受けた一曲。アジア人初の英国アカデミー賞作曲賞。1983年。

Chuck Berry「Johnny B. Goode」
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1977年、ボイジャーに積まれて太陽系の外へ送り出された、1958年の録音。

Mac Miller「Self Care」
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棺の中で「Memento mori」と彫る2018年7月のMV。その9月、彼は亡くなった。

本田美奈子.「つばさ」
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間奏で10小節あまり、28秒のロングトーン。1994年、作詞は岩谷時子。

Eric Clapton「Tears in Heaven」
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4歳の息子を亡くした後に書いた曲。2004年、「もう喪失を感じなくなった」と本人は歌うのをやめた。

大滝詠一「君は天然色」
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作詞の松本隆は妹を亡くした直後で、大滝は「半年でも1年でも待つ」と待った。「想い出はモノクローム」はその時の街の色。

志村けん「ヒゲダンス」
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あのBGMの元は、志村が持ち込んだテディ・ペンダーグラス「Do Me」のベースライン。1979年。

Burt Bacharach「Walk On By」
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「Anyone Who Had a Heart」と同じセッションで録られた1964年のヒット。作者バカラック自身の1965年版で。