まず聴く
百聞は、一聴に如かず。
「Tala」Sarah Geronimo(2015)
このひとりの声だけでも十分驚く。でも、これは一人の天才だけの話じゃない。
才能は、
世代を超えて続いている。
次の世代
2018年に結成されたSB19は、フィリピン発のP-Popをはじめて世界のシーンへ押し上げたボーイズグループだ。ダンス、歌唱、ファンダムの熱量まで、東南アジアの音楽シーンを代表する存在に育った。
代表曲「GENTO」は、あえてフィリピン語(タガログ語)で歌われている。英語に寄せず、自分たちの言葉のまま世界へ出ていった一曲だ。
「GENTO」SB19(2023)
国民的シンガーから、若い世代のグループまで。実力は、途切れずに続いている。
しかも、本気を出すのはスター本人だけではない。人気ものまね番組『Your Face Sounds Familiar』の子供版では、子どもたちが老人メイクでビージーズに扮し、重ねたハーモニーを本気で熱唱するステージが話題になった。(この回の映像はこちら ↗)
ものまねの、そのまた子供版でさえ、歌唱力で笑わせにくる。これはもう、国民性なのではないか。
でも、才能だけでは説明がつかない気がした。
調べてみると、意外な事実にたどり着いた。
WHO INVENTED KARAOKE?
発明者は、二人いる。
神戸、日本
1971
井上大佐
ナイトクラブのミュージシャン。神戸でカラオケ的な機械を発明したと主張しており、現代のカラオケの「ビジネスモデル」の発明者としてよく紹介される。2004年、イグノーベル平和賞を受賞。
マニラ、フィリピン
1983 / 1986
ロベルト・デル・ロザリオ
起業家でピアノ製造業者。「Sing-Along System(SAS)」と呼ばれるカラオケ的な機械を発明したと主張し、この機械で特許を取得している。世界でカラオケシステムの特許を保有する唯一の人物として紹介される。
同じ英語版Wikipedia「Karaoke」記事の中で、この二人が並んで紹介されている(Wikipedia「Karaoke」↗)。特許番号など、記事に記載のない詳細はここでは断定しない。
デル・ロザリオのSing-Along System(アンプ、スピーカー、テープデッキ、チューナー、マイクミキサーで構成された機械)がきっかけで、フィリピン国内で「sing-along(歌の集い)」の人気が急速に広がったとされる。
それは家庭の娯楽として定着し、夜のvideoke(ビデオケ)バー文化にもつながった。街中やコミュニティの祭りで合唱・歌唱コンテストが一般的になっていったのも、この流れの延長にあるという。
つまりこの国では、「歌がうまい」の手前に、「毎日どこかで歌っている」という土台がある。
常備薬みたいに、歌が生活の一部になっている。
その土壌が生んだ、国民的アンセムがある。
国民的アンセム
90年代フィリピンを代表するオルタナ・ロックバンド、Eraserheads。彼らの「Ang Huling El Bimbo」は、当サイトでは「フィリピンのBohemian Rhapsody」と紹介してきた一曲で、世代を超えて合唱される至高のアンセムだ。
このミュージックビデオは1997年のMTVアワードでフィリピン勢として初めて受賞し、後に舞台化もされている。
「Ang Huling El Bimbo」Eraserheads(1995)
フェスでも、結婚式でも、カラオケボックスでも。誰かが歌い出せば、その場の全員が歌詞を知っている。


Eraserheadsより。左「Ang Huling El Bimbo」、右「Ligaya」(フィリピン流オルタナ界の伝説)
歌唱力は、
結果でしかない。
その土台には、毎日歌う文化があった。
Talent is the outcome — everyday singing is the foundation.
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