THE NAME / 1995
名前は、逆さ読みだった。
瀬葉 淳(せば・じゅん)SEBAJUN
NUJABES
「瀬葉淳」という名義をローマ字にして、逆から読む。SEBAJUN——NUJABES。 世界中で検索されることになるこの不思議な名前は、そんな遊び心から生まれた。
1974年、東京・西麻布生まれ。父は趣味でジャズピアノを弾く人だった。 日本大学芸術学部の学生だった1995年、渋谷・宇田川町のレコード店がひしめく一角、 雑居ビルの奥に自分の店「Guinness Records」を開く。 品揃えから居心地まで、彼の美意識が隅々に行き届いた店だったと語り継がれている。
店主として毎日レコードの山と向き合い、DJとして渋谷のクラブに立ち、 やがて自分のレーベル「Hydeout Productions」を立ち上げる。 すべての旅は、この数百メートル四方の街から始まった。

渋谷・宇田川町のManhattan Records。この角を曲がった先の雑居ビルに、Nujabesの店はあった(写真:Mike Steele・CC BY 2.0)
そのビートは、本当は別の人のために作られていた。
LUV(SIC) / 2001
20年続くラブレターの、1通目。
2001年。Nujabesがアメリカのラッパーのために作ったビートに、 ラッパーのShing02が惚れ込んだ。本人に許可をもらい、詩を乗せる。 こうして生まれたのが「Luv(sic)」——のちに20年以上かけて6部作になる、 彼の代表作の1通目だ。
哀愁のあるピアノループの上を、英語の詩が静かに流れる。 ヒップホップなのに、攻撃的なところがひとつもない。 愛と喪失と再生を歌い継ぐこのシリーズは、国境を越えてファンを増やし続けていく。
「Luv(sic)」Nujabes feat. Shing02
3年後。一本のアニメが、彼の音を世界へ運ぶ。
SAMURAI CHAMPLOO / 2004
アニメの主題歌が、
世界への扉になった。
『カウボーイビバップ』の渡辺信一郎監督から声がかかる。 江戸時代にヒップホップをぶつけたアニメ『サムライチャンプルー』。 その音楽を、Nujabesが担った。オープニング「battlecry」は、Luv(sic)の相棒Shing02とのコンビ作だ。
日本での反応は静かだった。ところが海外では熱狂的なファンがつき、 サウンドトラックは高く評価される。テレビとインターネットでこのアニメに出会った海外の若者たちが、 そのまま「Nujabesの音」の入口をくぐった。 挿入歌「Aruarian Dance」は、ネットを通じて国境のない速さで広がっていく。
同じ2004年、パリコレクションでコム・デ・ギャルソン(ジュンヤ・ワタナベ)のショーの音楽ディレクターも務めている。 渋谷の店主の射程は、もう日本の外にあった。
「Aruarian Dance」Nujabes
SAMPLING / THE CRAFT
100年の音楽を、
4分に編み直す。
「Aruarian Dance」の正体を知ると、彼の凄みが分かる。 元をたどると、19世紀末にラヴェルが書いたピアノ曲「亡き王女のためのパヴァーヌ」。 その旋律が1939年にアメリカでポピュラーソング「The Lamp Is Low」になり、 ブラジルのギタリスト、ローリンド・アルメイダがボサノバで弾いた。
Nujabesはそのギターの数秒を掬い上げ、ループさせ、ビートの上に乗せた。 クラシック、ジャズ、ボサノバ、ヒップホップ。 約100年ぶんの音楽の記憶が、アニメの挿入歌として4分に編み直されている。
何を素材に選び、
何を作ったか。
それ自体が、作品だった。
「The Lamp Is Low」ローリンド・アルメイダ
素材選びの審美眼は、レコード店主のそれだ。ジャズマンのユセフ・ラティーフが1961年の名盤『Eastern Sounds』に吹き込んだ映画『スパルタカス』の愛のテーマも、彼のサンプリングの素材になっている。 毎日レコードの山から「いい音」を掘り当てていた人だから、どこを掬えば音楽が香り立つのかを知っていた。
代表曲「Feather」のジャケットに使われた2枚目のアルバム『Modal Soul』は、その集大成だ。
「Feather」Nujabes feat. Cise Starr & Akin
2010年代。世界中の部屋で、静かなビートが流れはじめる。
GODFATHER OF LO-FI HIP HOP
ゴッドファーザーと
呼ばれる理由。
勉強しながら、雨の夜に、眠る前に。静かなビートを一晩中流し続ける「lo-fi hip hop」の配信文化が、2010年代のインターネットで爆発的に育った。 その音の設計図——ジャズの和音、柔らかいループ、急がないビート——の源流として、 世界中のリスナーと作り手が名指しする人がNujabesだ。 海外メディアは彼を「lo-fi hip hopのゴッドファーザー」と呼び、 J Dillaと並ぶこのジャンルのルーツとして語っている。 入口になったあの『サムライチャンプルー』自体が、lo-fiムーブメントのきっかけを作ったアニメと評されるようになった。
SPOTIFY / 2018
海外で最も再生された国内アーティスト
- 1ONE OK ROCK
- 2RADWIMPS
- 3NUJABES
- 4坂本龍一
- 5BABYMETAL
Spotify Japan発表(2018年)。現役の世界的バンドが並ぶ中で、 8年前に他界したアーティストが3位に入った。
影響は次の世代のスターにも届いている。米国のラッパーLogicは、アルバム『YSIV』の一曲を「Nujabesの空気の上で」書いたと明かし、 2020年の『No Pressure』でも制作の大きな刺激として彼の名を挙げた。
夜の東京で生まれたビートが、世界中の夜を静かに支えている。まずはこの一曲を。
「reflection eternal」Nujabes
2010年2月26日、交通事故。36歳だった。
——だが、物語はここで終わらなかった。
GRAND FINALE / 2013
携帯電話の中に、
続きが残っていた。
数週間後。彼の携帯電話から、未発表のビートが見つかる。 Luv(sic)シリーズの最終章になるはずだったインストゥルメンタルだ。
Shing02と仲間たちは、鎌倉のスタジオでその続きを仕上げた。 発表は2013年2月26日——ちょうど三回忌の日。 20年越しのラブレター「Luv(sic)」6部作は、本人のいない場所で、仲間の手によって完結した。
「Luv(sic) Grand Finale」Nujabes feat. Shing02
そして、旅はまだ終わっていない。
THE JOURNEY CONTINUES / LIVE
最後に、ライブへ
連れて行く。
Shing02は、いまも世界のステージでLuv(sic)を歌い続けている。 バンドと共に6部作をまるごと演奏するライブ映像が、これだ。 客席の歓声ごと、この旅の「現在地」を聴いてほしい。
「Luv(sic) Hexalogy」Shing02 × THE EITHER(フルライブ)
渋谷のレコード店の棚から始まった旅は、
いまも世界のどこかの部屋で、どこかのステージで、続いている。
また、雨の夜に。
彼のビートは、いつでもそこで待っている。
The journey of Nujabes never ends.
編集部メモ
この特集を作りながら、何度も手が止まった。悲しくてではない。 「逆さ読みの名前」も「携帯電話の中の最終章」も、事実の並びがすでに一本の映画だからだ。
早すぎる別れの話として語られがちな人だけれど、数字も、今夜どこかで流れている音も、 まったく別のことを言っている。この人の音楽は現在形だ。だからこの特集も、追悼ではなく紹介として作った。 初めて聴くあなたが、いちばんうらやましい。
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