卵コンシェルジュ
ペアリング研究室

バニラアイス × マルドン × 崩したパイの実

アイスに塩をかける、と聞くと身構えます。でも一口食べると、甘さのほうが濃くなって驚きます。

バニラアイス × マルドン × 崩したパイの実
店主が食べて確かめました
これを買えば、できます
トッピングは選べます

どれか1つで十分です。

今日はもう、これ以上なにも作りたくない。そういう日のための一皿です。

火は使いません。包丁も出しません。冷凍庫を開けて、袋を開けて、指でひとつまみ。それだけで、いつものアイスが「わざわざ作ったもの」の顔になります。

しかもこれ、思いつきの裏ワザではありません。塩と甘さを合わせるという考えには、フランスの海辺の町で生まれた、はっきりした発明の記録があります。

使うものと、やり方

  1. 1バニラアイスを器に出して、少しだけ置いておく(角が落ちるくらい)。
  2. 2パイの実を手で粗く崩して、上に散らす。
  3. 3最後にマルドンをひとつまみ、指でつぶしながら振る。すぐ食べる。
どうしてこれが合うのか

舌の上で、こういうことが起きています

塩は、甘さを消さずに濃くする

塩を甘いものにかけると味が濁りそうに思えますが、実際には逆のことが起きます。ごく少ない量の塩は、甘味を強めるほうに働きます。同時に、甘いものの奥にひそんでいる苦味やえぐみを抑えます。

つまり舌の上では、「甘さが足された」のではなく「甘さの邪魔をしていたものが引かれた」に近いことが起きている。だから塩を足したのに、返ってくる印象は「甘い」になります。

スイカに塩、あんこにひとつまみの塩、和菓子の塩豆。日本の台所がずっと前から知っていたことと、まったく同じ理屈です。

マルドンの形が、この食べ方の全部を決めている

同じ塩なら何でもいい、とはならないところが面白いところです。

マルドンの結晶は、粒ではなく中が空洞になった薄いピラミッド型のフレークです。ふつうの粉状の塩に比べて、同じ重さでも表面積がずっと大きく、そのぶん舌の上で一気に溶けます。

結果として起きるのが「塩気が一瞬だけ立って、すぐ消える」という現象。溶けきったあとに残るのはバニラの甘さだけなので、一口ごとに「しょっぱい→甘い」の順番が生まれます。

食卓塩でやると、粒が細かすぎて全体に溶け込み、この順番が起きません。ただ塩辛いアイスになります。この一皿の主役は塩の味ではなく、塩の形のほうです。

パイの実は「味」ではなく「段差」の担当

アイスはなめらかで、口の中で均一に溶けていきます。均一なものは、おいしくても飽きが早い。

そこへ、薄い層に焼かれたパイ生地とチョコレートが入ると、噛む回数が生まれます。サクッと折れる音、冷たいアイスの中で少しだけ硬いチョコ。温度も食感も違うものが1つの口の中で同居するので、最後まで印象が単調になりません。

塩が「時間の変化」を、パイの実が「食感の変化」を担当している。この2つが別々の仕事をしているのが、この組み合わせがうまくいく理由です。

この食べ方には、来歴があります

塩バターキャラメルは、1970年代のブルターニュで生まれた

「甘いものに塩」という発想を世界に広めた人がはっきりしています。フランス北西部ブルターニュ地方、キブロンという海辺の町のショコラティエ、アンリ・ル・ルーです。

ブルターニュは古くから塩づくりの土地で、バターに塩を入れるのが当たり前の地域でした。ル・ルーは1977年にキブロンで店を開き、「ブルターニュでは自明に思えたこと」として、その有塩バターを使ったキャラメルを作ります。この塩バターキャラメルは1980年に「フランス最優秀ボンボン」に選ばれ、翌年 C.B.S として商標登録されました。

そこから、塩キャラメル、塩チョコ、塩バニラ……と「甘いものに塩」は世界中へ広がっていきます。いま冷凍庫の前でやろうとしていることは、その系譜のいちばん手軽な端っこにあります。

45年前に一人の職人が「当たり前だ」と思ってやったことを、いま指先ひとつまみで再現できる。そう思うと、ただのアイスが少し違って見えてきませんか。

やってみる前に、ここだけ

うまくいく加減、うまくいかない時

塩は「振る」のではなく「置く」

塩の容器から直接ふりかけると、粒が細かく散りすぎて、さっきの「一瞬だけ立つ」が起きません。

指でひとつまみ取って、フレークの形を保ったまま、上からぱらぱらと落とす。 粒が数えられるくらいがちょうどいい量です。だいたい10粒前後。

アイスは少しだけ溶かす

冷凍庫から出したてはカチカチで、塩もパイの実も表面で滑ってしまいます。器に出して2〜3分置き、角が少し丸くなったころが最適。

ただし溶かしすぎると塩がそのまま溶け込んで消えます。「まだ形はあるけど、スプーンがすっと入る」くらいで止めます。

塩を先に、パイの実を後に、はうまくいかない

順番はパイの実が先、塩が最後です。逆にすると、塩がパイの実の下に隠れて、口に入った時に一緒に来てしまいます。

塩はいちばん上にいてほしい。 最初に舌に触れるのが塩、というのがこの食べ方の設計です。

うまくいかない時は、たいてい塩が多い

「しょっぱいだけになった」という時は、量ではなく粒の細かさを疑ってください。食卓塩や精製塩を使うと、少量でもそうなります。

それでもしょっぱい時は半分に減らします。足りないほうが、この組み合わせはうまくいきます。

慣れてきたら

もう一歩、ずらしてみる

パイの実を、板チョコを砕いたものに替える

パイ生地のサクサクが無くなるかわりに、チョコの角がはっきり立ちます。ビターの板チョコだと、塩・苦味・甘さの3つが並ぶので、より大人の一皿になります。

オリーブオイルをひとたらし足す

南イタリアやスペインでは、バニラアイスに良いオリーブオイルと塩をかける食べ方があります。青い香りが立って、驚くほど品よくまとまります。塩をすでに置いてあるので、油を数滴垂らすだけで届きます。

アイスをバニラから替えてみる

うまくいくのは、乳の脂肪がしっかりあるもの。 バニラのほかだと、ミルク、キャラメル、ピスタチオあたりは相性がいいはずです。

逆にシャーベットやソルベのように脂肪の少ないものは、塩の角が立ちすぎて、ただしょっぱくなりがちです。脂肪が塩をやわらげているというのが、ここでも効いています。

生胡椒をひとふり足す(上級)

棚にある塩漬け生胡椒を数粒のせると、塩・甘さ・食感に「青い香りと弾ける刺激」が加わります。最初は3〜4粒から。多いと胡椒の一皿になってしまいます。

最後に

いつ食べるといいか

夜、もう歯を磨こうかと思ったあたり。何か食べたいけれど、作るほどの元気はない。そういう時間のためのものです。

作業時間はほぼゼロなのに、出てくるものは「今日ちょっといいことした」の側に入ります。手間をかけずに、手間をかけた気持ちだけもらう。 常備薬みたいな一皿として置いておくのがちょうどいいと思います。

つづけて