CONNECTING...
ごきげん補給所

悲しい色やね

· 1982

英語のために書かれたメロディが、大阪弁の夜にたどり着く。

出典:Wikipedia(ja)「悲しい色やね」CC BY-SA 4.0 / Wikipedia(ja)「星勝」CC BY-SA 4.0

悲しい色やね/ 上田正樹

📝 メモ

上田正樹はCBS・ソニーに移ったあとヒットに恵まれず、ディレクターの関屋薫が複数の作曲家に曲を頼んだ。林哲司が出したのは英語詞向けに作ったメロディで、康珍化は「関西弁の女性の視点で書いてもいいか」と尋ねて関屋を驚かせた。林は詞を読んで「演歌みたいな曲が売れるわけがない」と感じたという。題は「大阪ベイブルース」になる予定だったが、最終的に副題へ回った。発売直後は売れなかったが有線のリクエストが少しずつ増え、翌1983年夏にオリコン最高5位、34.8万枚まで届いた。

このページをシェア

JP