Feature — 人はなぜ月を見るのか · 13 songs · vol.1

人はなぜ月を見るのか〜月を見て歌う人々。
1901年の城跡から、1983年のムーンウォークまで〜

月には、行ったことがある人がまだ12人しかいません。
それでも人類は、何千年ぶん月を見て、祈って、恋をして、吠えて、歌ってきた。12曲、ぜんぶこのページの中で鳴る。

月には、行ったことがある人が、まだ12人しかいない。

1969年から1972年まで、アポロ計画で月面に立った人は12人。それきり誰も行っていない。人類が「行った」と言える場所のなかで、いちばん遠くて、いちばん行っていない場所です。

なのに、人類は月をずっと見てきた。見て、祈って、恋をして、狂ったと思われて、吠えて、歌った。返事をしてくれない相手に、これほど長く話しかけ続けた記録は、たぶん他にありません。月は人類最初の「返事をしない友人」です。

この特集は、月の名曲ランキングではありません。月をどう見てきたか——その見方の変遷を、13曲でたどる旅です。1901年の城跡にのぼる月から、2006年の欠けた月まで。

順番は年代順ではありません。月に祈る人、月に恋をする人、月を歩く人。その順番で並べました。途中でサザエさんが出てきますが、寄り道です。いい寄り道です。

ACT III — ジャズとロックは、月をどう歌ったか / 1973年、月はイングランドの騎士になった

ジェネシス - Dancing with the Moonlit Knight — 月あかりの騎士が、国を売る

1973

ジェネシス「Dancing with the Moonlit Knight」(公式音源)1973年、アルバム『Selling England by the Pound』の冒頭8分02秒。作曲はバンクス/コリンズ/ガブリエル/ハケット/ラザフォードの5人全員名義

1973年10月5日、ジェネシスの5枚目のアルバム『Selling England by the Pound』が出る。1曲目がこれで、長さは8分2秒。作曲はバンド5人全員の名義。もともとの仮題は「Disney」——後半のアウトロが、メンバーにはカートゥーンのように聴こえたからだWikipedia。

冒頭はアカペラで始まる。「Can you tell me where my country lies?(僕の国は、どこにある?)」——この問いかけから、曲はいくつもの様相に割れていく。ハケットはこの曲を「挽歌のようであり、ノスタルジックであり、束縛を振りほどいてロケットのように飛び立つ」と語っているWikipedia。

歌詞はガブリエル。音楽評論に「アメリカ市場に媚びている」と書かれたことへの返事として、徹底的にイングランドの言葉で書かれた。買い物スタンプの「Green Shield Stamps」、そして「Selling England by the pound」——この一節がそのままアルバムのタイトルになった。元は労働党のマニフェストのスローガンですWikipedia。

1973年、英国はEEC(欧州経済共同体)に加盟した年。「Selling England by the Pound」は労働党のマニフェストのスローガンだった言葉でしたWikipedia。

ライブでは、ガブリエルがユニオンジャックのドレスに兜と槍という姿でこの曲を歌った。月あかりの騎士の正体は、たぶん消えかけている国の亡霊です。月はここで、失われた国を照らす灯りになっているWikipedia。

Romantic Moonlit Ruins: Sebastian Pether's Art at Bowes… — PICRYL - Pu
月あかりの下の廃墟。この曲の騎士は、勝った側の騎士ではありません。画像:Collections - GetArchive

聴きくらべ — 1989年、ロンドンで売れなかった「月あかり」

布袋寅泰「DANCING WITH THE MOONLIGHT」1988年のアルバム『GUITARHYTHM』収録曲。翌1989年、英国パーロフォンから英国限定シングルとして出たがほとんど売れず廃盤に。ジェネシスの曲のカバーではなく同名の別曲で、デヴィッド・ボウイやロキシー・ミュージックへのオマージュが見られるこの曲のページへ →
月は、失われた国を照らすのにちょうどいい明るさです。明るすぎると、失われたものが見えなくなる。この曲が8分あるのは、たぶんそのためです。

1973年、月は騎士になりました。6年後、人類は月を歩きます。

ACT III — ジャズとロックは、月をどう歌ったか / 1962→1964、B面から来た月

ザ・ビートルズ - Mr. Moonlight — 原曲は、誰も覚えていない

1962 / 1964

ザ・ビートルズ「Mr. Moonlight」作:ロイ・リー・ジョンソン。1964年8月14日録音、アルバム『Beatles for Sale』収録

「Mr. Moonlight」を書いたのはロイ・リー・ジョンソン。最初の録音は、ドクター・フィールグッド&ジ・インターンズが1962年、アメリカのOkehレーベルから出したシングルですWikipedia。

ビートルズは、そのレコードのB面でこの曲を見つけた。ドクター・フィールグッドの曲を聴いていて、裏面にあった月に当たったわけです。彼らはそれをライブで何年も演奏し、1964年8月14日に録音して、『Beatles for Sale』(アメリカでは『Beatles '65』)に入れた。10月18日には別テイクも試しているWikipedia。

1964年はビートルマニアの年。彼らはアメリカに上陸し、同時に「アメリカの黒人音楽のB面」を掘り続けていた。この曲はその掘り当てのひとつ。原曲はほとんど知られていないのに、カバーのほうが世界中で歌われている。月の曲には、こういう拾われ方をするものがある。

ヴィンテージのレコードプレーヤー
B面という場所がある。片面しか聴かない人には、一生会えない曲たち。写真:Public Domain Pictures(パブリックドメイン)

聴きくらべ — 1962年、B面にあった原曲

ドクター・フィールグッド&ジ・インターンズ「Mister Moonlight」(1962)1964年、この音の裏側に月を見つけたバンドがいた
レコードのB面というのは、宝くじのハズレくじに宝が混ざっている場所です。ビートルズは、そのハズレくじを大量に買っていた人たちでした。月の曲を月の曲として探さなくても、掘っていれば月に当たる。

1964年、月はロックの曲になっていました。5年後、月は本当に行き先になります。

ACT I — 月に祈る / 明治34年、月は「無常」の証人だった

秋川雅史 - 荒城の月 — 月だけが、変わらずにいた

1901(明治34)

秋川雅史「荒城の月」現代語訳(意訳)作詞:土井晩翠/作曲:瀧廉太郎/編曲:山田耕筰。「春高楼の花の宴」を、現代語の字幕で追える演奏

1901年(明治34年)、旧制中学校の唱歌の懸賞に、土井晩翠の詩があった。それに東京音楽学校の瀧廉太郎が曲をつけたのが『荒城の月』。日本で作曲された最初の西洋音楽の歌曲とされる作品で、七五調の歌詞と西洋の旋律が噛み合っているWikipedia。

歌詞に出てくるのは、もう無い城。「高楼」で花の宴がひらかれていた場所に、今は月だけがのぼる。人は去り、城は崩れ、季節は巡る。変わらないものが一つだけあって、それが月だった。月は、はかなさを教える先生ではなく、はかなさの証人として歌われている。

明治34年。日清戦争が終わって6年、日英同盟のまだ前。明治政府は全国の城をすでに壊していて(1873年の廃城令)、天守を失った石垣だけが各地に残っていた。「城跡にのぼる月」は、当時の日本人にとって実物の風景でした。

曲はその後も動く。1903年に瀧廉太郎は23歳で亡くなり、1917年(大正6年)に山田耕筰がロ短調からニ短調へ移し、ピアノを付け、テンポを半分にした。今、僕たちが習う『荒城の月』の多くはこの山田版ですWikipedia。

月が「残るもの」として歌われるとき、たいてい人が先に消えています。この曲の順番は、そういう曲です。花、宴、人は去る。月は、たぶん最初からずっとそこにいた。

月が照らしていたのは、消えた城でした。ならば次は、消えた人がいるときの月を。

ACT I — 月に祈る / 大正9年、月は「数を数える道具」だった

本居長世・野口雨情 - 十五夜お月さん — 月は、いない人を思い出す装置

1920(大正9)

十五夜お月さん日本の歌・唱歌(歌詞付き)作詞:野口雨情/作曲:本居長世。十五夜お月さん 御機嫌さん——と挨拶から始まる童謡

『十五夜お月さん』は、1920年(大正9)、児童雑誌『金の船』の誌上で発表されました。作詞は同誌の初代編集長に迎えられた野口雨情、作曲は本居長世。月に「御機嫌さん」と挨拶するところから始まる、日本のかわいい挨拶の歌です。

ところが二番にくると、こうなる。「十五夜お月さんも 私も 泣いた」。歌っているのは子どもで、泣いている理由は〈婆やが遠い国へ行った〉から。月は慰めてくれない。ただ同じ夜に、同じように泣いている。月を眺めることは、ここで初めて「いない人を思い出す作業」になる。

大正9年は、大正デミクラシーの真ん中でした。シベリア出兵で日本は戦地に人を送り、その翌年には戦後恐慌が来る。都市の家には奉公人が住み、地方から人を借りていた。婆やが「遠い国へ行った」という一行には、そういう時代の実感があります。

そして歌は、月を生活のカレンダーとして使っていた日本人の感覚を残している。十五夜は必ず来る。だから「十五夜お月さん」は、毎月、数えられる約束事でした。満ち欠けは、いちばん古い暦です。

聴きくらべ — 月と、行く人を歌う

月の沙漠作詞:加藤まさを/作曲:佐々木すぐる「月の沙漠を はるばると」——こちらは月とラクダと、もう二度と会えない人。同じ時代の、もうひとつの月の歌
月は、いちばん安心できる「話を聞いてくれる係」です。返事をしないから、こちらの話を遮らない。この作品の月は、聞いたうえで一緒に泣いてくれる係までやってます。優秀です。

日本では、月は生活の暦でした。フランスでは、月は仮面舞踏会になりました。

ACT II — 月は恋人になった / 1905年、光そのものを音楽にした

メナヘム・プレスラー - Clair de lune — 月の光は、詩だった

1890〜1905

メナヘム・プレスラー(ピアノ)ドビュッシー「月の光」(ベルガマスク組曲 第3曲)

ドビュッシーは〈月の光〉を、実際に3つ書いています。2曲は声のための歌曲、1曲はピアノ。最後のひとつが、ベルガマスク組曲の第3曲として1890年から1905年にかけて作られたこの曲ですuDiscoverMusicWikipedia。

題名の由来は、1869年にポール・ヴェルレーヌが出した同名の詩。月の光の下で仮面をつけた人々が踊り、歌う——「現れたる艶やかな仮面」という一節から、曲集の名前「ベルガマスク」も来ていますWikipedia。

つまりこの曲は、月を見た報告ではありません。月あかりという「状態」を音にした曲です。ここから先、音楽は月を描くのではなく、月の中で起こる感情のほうを書くようになる。月が恋人になっていく合図が、この3分半に鳴っています。

夜空の三日月
フランスの詩人は、月あかりを「仮面舞踏会の照明」として書いた。照明を音楽にするという発想が、この曲の強さです。写真:Public Domain Pictures(パブリックドメイン)

聴きくらべ — 同じ曲の、別の温度

RousseauDebussy - Clair de Lune(演奏可視化)鍵盤が降りてくる映像付き。音の運びが目で見えるので、眠る前にちょうどいい
この曲を「癒しBGM」枠に入れるのは、少しもったいない。あれは癒しではなく、月あかりの下での仮面舞踏会です。人がいっぱい踊ってます。静かに。

本当は、この曲に「月」という名前をつけたのは、作曲家ではありません。次の曲は、もっとひどい。

ACT II — 月は恋人になった / 1801年、月の名前は後からついた

ヴァレンティナ・リシッツァ - 月光ソナタ — ベートーヴェンは、月と言っていない

1801

ヴァレンティナ・リシッツァベートーヴェン「月光」ソナタ 第3楽章 プレスト・アジタート「月光」でいちばん月から遠い楽章。嵐のような終曲まで含めてこの曲です

ピアノソナタ第14番 嬰ハ短調 作品27の2。ベートーヴェンは「幻想曲風ソナタ」と題しただけで、「月光」とは一度も書いていません。1801年に完成し、1802年に出版、弟子のジュリエッタ・グィチャルディに献呈された作品ですWikipedia。

「月光」という名前が広まったのは、1824年に詩人ルートヴィヒ・レルシュタープが小説のなかで第1楽章を月あかりにたとえて書いたのがきっかけ。湖は薄明の月あかりに憩い、幽かな波が暗い岸を打つ——という文章です。「ルツェルン湖」という具体的な湖は、後世の音楽学者ヴィルヘルム・フォン・レンツが付け足したもの。つまりこの通称は、伝聞が伝聞を呼んでできあがっているWikipedia。

当時から批判はありました。「葬送行進曲のような性格の曲に月とは、誤解を招く」「馬鹿げている」。それでも、19世紀後半には世界中が月光ソナタと呼ぶようになった。楽譜の題名を決めるのは作曲家で、曲の名前を決めるのは聴く人だ、という見本のような事件です。

ちなみに同じWikipediaの記事には、リストが第2楽章を「二つの深淵のあいだに咲く一輪の花」と評したとあります。深淵と花はいい。月ではないけれど。

ベートーヴェンの肖像(スティーラー画、1820年)
ヨーゼフ・カール・スティーラーによるベートーヴェン。作曲当時30歳。この人が自分の曲を「月光」と呼んだことは、一度もない。絵画:PICRYL(パブリックドメイン)

聴きくらべ — 「月光」の顔は、3つある

RousseauBeethoven - Moonlight Sonata (3rd Movement)第1楽章の「月光」しか知らない人に、いちばん効く動画
通称というものは、たぶん当の本人が知らないところで育ちます。ベートーヴェンは「もっといい曲を書いた」と怒っていたと伝わっています。それでも人はこの曲を、月の名前で呼びたかった。呼びたかった側の気持ちのほうが、僕は好きです。

月に名前をつけるのは、いつも聴く人でした。1961年、映画のなかの月にも、人は名前をつけます。

ACT II — 月は恋人になった / 1961年、月と川が並んだ

オードリー・ヘプバーン - Moon River — 月は、旅立ちの合図になった

1961

オードリー・ヘプバーン(映画クリップ)「Moon River」作曲:ヘンリー・マンシーニ/作詞:ジョニー・メンサー。非常階段に座って、ギターで弾き語るシーン

1961年の映画『ティファニーで朝食を』。ヘンリー・マンシーニが曲を書き、ジョニー・メンサーが詞を書いた。ヘプバーンが非常階段でギターを抱えて歌うこの場面のために書かれた歌です。アカデミー歌曲賞と、1962年のグラミー(最優秀レコード・最優秀楽曲)を獲ったWikipedia。

詞の原題は「Blue River」でした。ハックルベリーの色です。メンサーは少女時代にハックルベリーを摘んだ記憶と、『ハックルベリー・フィンの冒険』を重ねて書いている。だからこれは、月の歌であると同時に、故郷と、旅立ちの歌ですWikipedia。

危うく消えかけた曲でもあります。LAでの試写の反応が渋く、パラマウントの重役が曲をカットしようとした。それに対してヘプバーンが「私の死体を越えてからにして」と言った(諸説あり、表現はもっと激しかったとされる)と伝えられているWikipedia。

1961年、ケネディが大統領になり、ベルリンに壁ができた年。この「月を渡って、どこかへ行く」という歌は、アンディ・ウィリアムズが自分のテレビ番組の冒頭で毎回歌うようになり、旅立ちの標準曲になったWikipedia。月は、行く人の頭上にあります。

映画『ティファニーで朝食を』のポスター
1961年のポスター。月も川も画面にない。それでもこの映画のことを、僕たちは「月の川」で思い出す。画像:PICRYL(パブリックドメイン)

聴きくらべ — 映画の声と、レコードの声

Audrey Hepburn「Moon River」(リマスター音源)上手ではない、と本人は言った。その声だから残った、という音です
「ムーンリバー」は、月と川を並べた名前です。空にあるものと、地面を流れるものを、同じひとつの単語にしてしまった。作詞家というのは、ときどきずるいことをします。それが仕事です。

月が「行き先」になる前、ジャズは月を「高さ」と「誘惑」で歌っていました。

ACT III — ジャズとロックは、月をどう歌ったか / 1940年、月は「高さ」だった

エラ・フィッツジェラルド - How High the Moon — 月は、どこまでも高く

1940 / 1947 / 1951

エラ・フィッツジェラルド「How High the Moon」(ベルリン、1960年)作曲:モーガン・ルイス/作詞:ナンシー・ハミルトン。この曲を「どこまでも行く曲」にした人の歌唱この曲のページへ →

「How High the Moon」は、1940年のブロードウェイ・レヴュー『Two for the Show』で初めて披露された曲。作曲はモーガン・ルイス、作詞はナンシー・ハミルトンWikipedia。歌詞の意味は単純で「月はどのくらい高い?」——つまり「あなたを想う気持ちは、月よりも高い」。

1947年、エラ・フィッツジェラルドが録音し、スキャットでこの曲を持っていってしまう。1960年のベルリン公演では、この曲の中に他の曲のフレーズを次々に織り込みながら、最後には元のメロディに戻ってくるという離れ芸をやってのけた。ジャズの「即興」という言葉が、この録音で具体的な意味を持ちます。

1951年にはレス・ポール&メリー・フォード盤が大ヒットし、ギター奏法と多重録音の見本市のような1曲になった。作られたのは1940年、戦争が始まった年。ブロードウェイのレビューは、戦時下でも止まらなかったSongwriters Hall of Fame。

サラ・ヴォーン(1946年、カフェ・ソサエティ)
サラ・ヴォーン。1946年、ニューヨークのカフェ・ソサエティ。この時代、月はジャズクラブの照明でもあった。写真:PICRYL/ウィリアム・ゴットリーブ写真(パブリックドメイン)

聴きくらべ — ギターで月を塗り替えた1951年

レス・ポール&メリー・フォード「How High the Moon」(1951)ギターと多重録音で、ブロードウェイの曲を「技術の曲」に変えた録音
「月はどのくらい高い?」という問いに対して、人類が出した最終回答が「38万キロ」なのは、たぶんこの曲の歌詞の負けです。でも1940年の時点で、答えは「あなたのぶん」でよかった。

月は高さの比喩でした。次の曲では、月は「言い訳」になります。

ACT III — ジャズとロックは、月をどう歌ったか / 1947年、月は悪魔にもなる

チェット・ベイカー - Old Devil Moon — 月は、悪いことを教える

1947

チェット・ベイカー「Old Devil Moon」(1958)作曲:バートン・レイン/作詞:イップ・ハーバーグ。1947年のミュージカル『フィニアンの虹』の1曲

「Old Devil Moon」は、バートン・レイン作曲、イップ・ハーバーグ作詞で、1947年のブロードウェイ・ミュージカル『フィニアンの虹』のために書かれた曲。舞台ではエラ・ローガンとドナルド・リチャーズが歌っていますWikipedia。

タイトルの由来は、ハーバーグが1934年に書いた別の歌の一節。そして歌詞の内容は「君と月のせいで、僕は悪い子になってしまう」——月はここで、責任をなすりつけられる側に回ります。月あかりが道を照らすから、家に帰りたくない。月が悪魔。ずいぶん身勝手な理屈ですが、歌としては最高に強い。

1947年、戦後すぐのブロードウェイです。『フィニアンの虹』は人種差別を風刺した作品で、当時としては珍しい題材だった。そこから生まれた一曲が、その後マイルス・デイヴィス(1954)、サラ・ヴォーン(1954)、フランク・シナトラ(1956)、アニタ・オデイ(1957)、チェット・ベイカー(1958)と、ジャズの標準曲になっていくWikipedia。

月は祈りの対象であり、恋人であり、そして誘惑の言い訳でもある。同じ月が、この4年で3つの顔を持ったことになります。

ジューン・クリスティ(1947年、ニューヨーク)
ジューン・クリスティ。1947年、ニューヨークのクラブ・トゥルバドール。ジャズの月は、だいたいクラブの天井の下にあります。写真:PICRYL/ウィリアム・ゴットリーブ写真(パブリックドメイン)

聴きくらべ — 1956年、シナトラ版

フランク・シナトラ「Old Devil Moon」(リマスター)アルバム『Songs for Swingin' Lovers!』。月のせいにしながら、顔はたぶん笑っている
人類は月を、祈りの相手にも、恋人の比喩にも、言い訳にも使ってきました。ここまで来ると、月にしてみれば「もう知らない」と言いたいところだと思います。でも月は黙っている。えらい。

ジャズの月は、大人の月でした。ロックンロールの月は、もっと雑で、もっと強い。

ACT IV — 人類はついに月を歩いた / 1954→1969、歌のほうが先に着いた

フランク・シナトラ - Fly Me to the Moon — 曲が、月より先に着いた

1954 / 1964

フランク・シナトラ「Fly Me to the Moon」(カウント・ベイシー楽団)作詞作曲:バート・ハワード。1964年録音。編曲はクインシー・ジョーンズこの曲のページへ →

書かれたのは1954年、タイトルは「In Other Words」。バート・ハワードが作った曲で、最初の録音はケイ・バラード(1954年、Decca)Wikipedia。

この曲には有名な押し問答があります。出版社が「fly me to the Moon」を「take me to the Moon」に変えろと言ってきて、ハワードが拒否した。飛ぶのと連れて行ってもらうのでは、主導権が違う。この一語を守ったおかげで、曲は「自分から行く歌」のまま残ったWikipedia。

1964年、シナトラがカウント・ベイシー楽団と録音する。クインシー・ジョーンズの編曲で、3拍子だった曲は4拍子になった。この版がアポロ計画と結びつき、月へ行く人たちの音楽になるWikipedia。

1969年7月20日、アポロ11号が月面に着陸し、人類ははじめて月を歩いた。歌のほうは1954年に、もう空の上にいた。歌はいつも、行き先より先に着いています。

月面のバズ・オルドリン(アポロ11号)
月面のバズ・オルドリン。撮っているのはアームストロング。月に立った人が、月を撮るために、月の上に人が立っている写真を残した。この往復書簡みたいな構図が、いちばん好きです。写真:NASA/NARA(パブリックドメイン)
「飛ばして」と頼む歌が、月まで届くのに15年かかって、実際に飛んだのは人類のほう。順番が逆です。音楽はいつも、少し先にいます。

人類は月を歩いた。その14年後、月を歩く「動き」のほうが世界を熱くする。

ACT IV — 人類はついに月を歩いた / 1983年、月を歩くという名前のステップ

マイケル・ジャクソン - Moonwalk — 歩く月、歩く人

1983

マイケル・ジャクソン「Billie Jean」(Motown 25、1983年3月25日)テレビ特番『Motown 25: Yesterday, Today, Forever』。後ろに滑りはじめた瞬間の映像この曲のページへ →

1983年3月25日、テレビ特番『Motown 25』。マイケル・ジャクソンが「Billie Jean」を歌い、後ろに滑った。この動きが「ムーンウォーク」として世界に定着するWikipedia。

ただし、発明したわけではありません。もとの名前は「バックスライド」。1930年代、カブ・キャロウェイはこの動きを「The Buzz」と呼んでいたと後に語っている。記録にはチャーリー・チャップリン(1932年)、ビル・ベイリー、ジュディ・ガーランドとマーガレット・オブライエン(1944年)、ディック・ヴァン・ダイク(1958年)、そして1970年代末のエレクトリック・ブガルーズまで、名前を変えながら100年近く受け継がれてきたステップとして残っているWikipedia。

ジャクソンがやったのは、発明ではなく命名です。身体の動きに「月」という名前を貼り直した。その瞬間、100年ぶんの黒人舞台芸術の蓄積が、ひとつの単語に乗って世界中に届いた。月という言葉の強さが、ここでも効いています。

1983年、MTVはまだ黒人アーティストの映像をほとんど流していなかったと言われる時代。そのなかで、テレビの前にいた数千万人が、月の名前のついたステップを同時に見た。

雲間の満月
「月を歩く」という言葉を聞いたとき、頭の中ではたぶん、こんな月の上を歩いている。人は名前で想像する。写真:PICRYL(パブリックドメイン)

聴きくらべ — 特番全体の熱

Michael Jackson「Billie Jean」(Motown 25/リマスター)音が良い版。足音まで聴こえます。足音がするのが、いちばん面白いところ
実際に月を歩いた人は12人。月を歩く真似をした人は、たぶん10億人。後者のほうが月に詳しいとは言いませんが、後者のほうが月を近くに置いている。それはそれで、人類の歩き方だと思います。

ここまでの月は、明るい月でした。ここからは、月の裏側に行きます。

ACT V — それでも人は、同じ月を見ている / 月は、人を狂わせると信じられてきた

LUNA SEA - 月に吠える — lunatic という言葉

1917(詩集)/ 1989(結成)

LUNA SEA「ROSIER」バンド名は、結成時の名義「LUNACY(狂気)」から「LUNA SEA(月と海)」へ変更されたものこの曲のページへ →

英語の lunatic は、ラテン語の lunaticus——「月に打たれた」に由来します。もともと指していたのは、てんかんと狂気。月が原因だと信じられていた病気です。プリニウスは、満月が夜露のように脳に影響して、狂気やてんかんを起こすと論じた。4〜5世紀には占星術師たちが神経や精神の病をそう呼び、少なくとも1700年ごろまで、月が熱病やリウマチやてんかんを左右するという考えは普通に流通していたWikipedia。

萩原朔太郎の第一詩集『月に吠える』は1917年。月に向かって吠える——吠えるという動詞を月にくっつけた瞬間、月は「見上げるもの」から「向かっていくもの」になる。狂気はここで、病気ではなく、詩の方法になるWikipedia。

1989年に結成されたLUNA SEAは、最初は LUNACY——狂気という名義で活動していた。それを「月(LUNA)」と「海(SEA)」へ改名する。狂気の一語では意味が限定されてしまう、というのが理由として伝えられているMusicmanROCKIN'ON。いまもバンドは、ときおり LUNACY 名義でライブを開く。月の病と、月と海のあいだを、30年以上行ったり来たりしている。

月が人を狂わせるという説は、科学的には支持されていない。それでもこの語源は生きている。人が月に預けてきたものの総量が、たぶんこの一語に残っているからです。

満月に吠える狼のシルエット
狼男も、満月で変身します。月に責任を負わせる物語は、洋の東西で、驚くほど同じ形をしている。画像:PICRYL(パブリックドメイン)

聴きくらべ — LUNA SEA の代表曲をもう1本

LUNA SEA「I for You」(公式MV)代表曲をもう1本。ROSIERの鋭さと、こちらの静けさの対比この曲のページへ →

「I for You」は1998年、フジテレビ系ドラマ『神様、もう少しだけ』の主題歌として発表された代表曲。ROSIERとは別方向の、静かな強さを持つ1曲です。

月は、人類が最初に「今日の自分は異常です」と報告した相手です。責任転嫁の歴史は、たぶん月から始まった。それだけ信頼されていた、とも言えます。半分だけ擁護しておきます。

吠える月も、踊る月も、同じ月です。最後に、いちばん欠けた月を置きます。

ACT V — それでも人は、同じ月を見ている / 2006年、欠けた月の歌

絢香 - 三日月 — 欠けている月が、いちばん強い

2006

絢香「三日月」作詞:絢香/作曲:西尾芳彦・絢香。2006年9月27日発売、4枚目のシングル。自身初のオリコン週間1位この曲のページへ →

2006年9月27日発売の4枚目のシングル。作詞は絢香、作曲は西尾芳彦と絢香。オリコン週間チャートで自身初の1位をとり(2006年10月9日付)、NHK『@ヒューマン』のテーマソングとauのCMソングに使われたReal Sound絢香 公式。

歌われているのは満月ではなく、三日月。欠けた月です。埋まらない距離を、欠けた月の形に預けて歌う。月はここで、慰めでも、比喩でもなく、「今の自分と同じ形をした空」として呼ばれています。

この曲は時間をかけて大きくなった曲でもある。オリコンは2025年、この曲が自身初の累積再生数1億回を突破したと報じているORICON NEWS。発売から20年近く経って、月はまだ増えている。

そして、この曲には忘れられない共演があります。『玉置浩二ショー』で歌われた「三日月」。玉置浩二が隣で歌い、コーラスに入った瞬間、曲の重心が下がる。ここは、ぜひ動画で確かめてほしい箇所です。

夜空の三日月
三日月は、上弦でも下弦でもありません。まだ何者でもない月。だから歌にできる。写真:NegativeSpace

聴きくらべ — 玉置浩二と歌う「三日月」

玉置浩二 & 絢香「三日月」(Live Sound)ソロ版を覚えてから聴くと、コーラスの入り方だけで意味が変わるのがわかる
この特集でいちばん新しい月が、いちばん欠けています。満月の歌は強い。でも人は、欠けている月のほうを長く見ていられる。たぶん自分に似ているからです。

寄り道。玉置浩二は、かつて『とんねるずのみなさんのおかげです』で『サザエさん』を歌っている。その映像は今もネット上で「サザイさん」として親しまれていて、名唱のあとにこれを見ると、同じ声でこんなこともできるのかと、少し笑ってしまう。

玉置浩二「サザイさん」(とんねるずの番組より)

13曲。月を見る理由を、13個集めました。

人は、なぜ月を見るのか。

答え合わせをすると、ひとつではなかった。失われたものの証人として(荒城の月)。いない人を思い出す装置として(十五夜お月さん)。光そのものとして(月の光)。勝手につけられた名前として(月光ソナタ)。旅立ちの合図として(Moon River)。届かない高さとして(How High the Moon)。誘惑の言い訳として(Old Devil Moon)。レコードのB面にあった偶然として(Mr. Moonlight)。行き先として(Fly Me to the Moon)。身体の動きの名前として(ムーンウォーク)。狂気の言い訳として(月に吠える/LUNA SEA)。そして、まだ欠けている自分の形として(三日月)。

それでも、共通点はひとつあります。月は、一度も返事をしていない。返事をしない相手だから、人はここまで自由に、月に何かを預けてこられた。祈りも、恋も、言い訳も、全部いったん月のところに置いて、帰ってくる。月は人類の荷物置き場です。返事が来ないことは、欠点ではなく、たぶん仕様です。

次回は、太陽。月をこんなに長く見てきた人類が、太陽をどう歌ってきたか。明るすぎるものを歌うのは、月を歌うより、たぶんずっと難しい。Vol.2でお会いしましょう。

本編に収めた曲:荒城の月/十五夜お月さん/月の沙漠/月の光(ベルガマスク組曲)/月光ソナタ/Moon River/How High the Moon/Old Devil Moon/Mr. Moonlight/Fly Me to the Moon/Billie Jean(Motown 25)/ROSIER/三日月/Dancing with the Moonlit Knight/I for You/サザイさん

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▼この記事を書くきっかけになった動画

「なぜ、大人になると新しい曲を聴かなくなるのか【鳥類学×音楽心理学】」(汝、ヒトを知れ)

「歌を覚える季節は終わらない」

SOURCES & CREDITS

  • 荒城の月(作詞:土井晩翠/作曲:瀧廉太郎、1901年、山田耕筰編曲1917年):Wikipedia/岡城跡:Visit Oita(大分県観光情報サイト)
  • 十五夜お月さん(作詞:野口雨情/作曲:本居長世、1920年『金の船』発表)・月の沙漠(作詞:加藤まさを/作曲:佐々木すぐる):童謡・唱歌の資料および各動画のクレジットによる。
  • 月の光(ベルガマスク組曲 第3曲、1890〜1905年、ヴェルレーヌの詩に由来):Wikipedia/uDiscoverMusic Japan
  • ピアノソナタ第14番「月光」(1801年完成、1802年出版、通称の由来とレルシュタープ/レンツ):Wikipedia
  • Moon River(1961年、マンシーニ/メンサー、アカデミー歌曲賞・グラミー、原題Blue River、カット騒動):Wikipedia
  • How High the Moon(1940年『Two for the Show』、モーガン・ルイス/ナンシー・ハミルトン):Wikipedia/Songwriters Hall of Fame/米国議会図書館 国民録音保存委員会
  • Old Devil Moon(1947年『フィニアンの虹』、バートン・レイン/イップ・ハーバーグ、主要録音の一覧):Wikipedia
  • Mr. Moonlight(ロイ・リー・ジョンソン作、ドクター・フィールグッド&ジ・インターンズ1962年、ビートルズ1964年8月14日録音):Wikipedia
  • Fly Me to the Moon(バート・ハワード1954年、原題In Other Words、ケイ・バラード初録音、シナトラ1964年版とアポロ計画):Wikipedia
  • Dancing with the Moonlit Knight(1973年、アルバム『Selling England by the Pound』冒頭、仮題Disney、Green Shield Stamps、アルバム名は労働党スローガン由来):Wikipedia/Wikipedia(アルバム)
  • 布袋寅泰「DANCING WITH THE MOONLIGHT」(1988年『GUITARHYTHM』収録、1989年英国限定シングル、ボウイ/ロキシー・ミュージックへのオマージュ):Wikipedia
  • LUNA SEA「I for You」:LUNA SEA 公式YouTubeチャンネル
  • ムーンウォーク(バックスライドの歴史、マイケル・ジャクソン1983年3月25日 Motown 25 での初披露):Wikipedia/Motown 25
  • lunatic(lunaticus、プリニウス、1700年ごろまでの月と疾病の関係):Wikipedia/月に吠える(萩原朔太郎 第一詩集、1917年):Wikipedia
  • LUNA SEA(1989年結成、LUNACYからの改名、LUNACY名義のライブ):Wikipedia/Musicman/ROCKIN'ON JAPAN
  • 三日月(2006年9月27日、4枚目のシングル、オリコン週間1位、作詞:絢香/作曲:西尾芳彦・絢香):Real Sound/ORICON NEWS(累積再生数1億回)/絢香 公式DISCOGRAPHY

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