Special — Just the Chorus, Michael. · vol.2

サビだけ、マイケル。
〜クレジットされなかった16の声〜 vol.2

名前の外側で、歌っていた。vol.2は路地裏編。コーラスの隙間、大合唱のひとり、31年寝ていたデモ、そして2018年のチャートまで。最後に番外編の5曲も。

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名前の外側で、歌っていた。

クレジットに「backing vocals」とだけ書かれる場所。書かれもしない場所。何十年も寝てから出てくる場所。ここからは、マイケルがいちばんのびのびしていた場所の話です。

※各曲の「声の位置」の時間は、動画でのおおよその目安です。版によって前後します。

ベーシストへの、お返し

The Brothers Johnson - This Had to Be

1980年『Light Up the Night』 / プロデュース:Quincy Jones

The Brothers Johnson「This Had to Be」この曲のページへ →

声の位置(目安):2番のあとのコーラス(2:40〜)と、曲の終わり近く。

ルイス・ジョンソンは、『Off the Wall』でベースを弾いた人。その兄弟のアルバムで、マイケルは作曲に名を連ね、コーラスの隙間を埋める声とその編曲を担当した。

3分くらい普通のファンクなのに、突然1人だけ違う声が混ざる。宝探しみたいで、何回も聴いてしまいます。

同じ1980年、もっと露骨なことが起きていた。

クレジットは「バッキング」。実態は主役。

Dave Mason - Save Me

1980年『Old Crest on a New Wave』

Dave Mason「Save Me」この曲のページへ →

声の位置(目安):サビ(0:55〜)のハモリと、最後の40秒(3:00〜)。

クレジットは「Save Me」のバックコーラスすべて。でも聴けば分かる。高音で転がして、フェイクを入れて、最後は曲を自分のものにして終わる。全米71位。

悪気がゼロなのが怖い。本人は「コーラスを歌った」と言い張れる顔をしてる気がします。

ここからは、マイケルが「一員」として紛れ込んでいる曲。

先生の楽団に、戻る

Quincy Jones - The Dude

1981年『The Dude』

Quincy Jones「The Dude」この曲のページへ →

声の位置(目安):サビの「The Dude」コーラス(1:00〜)。ソロはありません。

クインシーのアルバムのタイトル曲。作曲にはロッド・テンパートンとパティ・オースティン。いつもの職場の、いつもの顔ぶれ。マイケルはコーラスの一員として参加している。

この曲を聴いて「あ、マイケルだ」と分かる人は相当です。僕は3回聴いて、ようやく「この辺の高音かな」と思いました。それでいい。

翌年、クインシーはもっと大勢のスターを集める。

大合唱の、ひとり

Donna Summer - State of Independence

1982年 / プロデュース:Quincy Jones

Donna Summer「State of Independence」この曲のページへ →

声の位置(目安):後半の大合唱(1:15〜)。マイケルは「分からない」のが正解。

ジョン・アンダーソンとヴァンゲリスの曲を、ドナ・サマーがクインシーのプロデュースでカバー。後半の合唱には、マイケルを含む大勢のスターが参加している。オランダでは1位になった。

「マイケルどこ?」と探しながら聴くと、だんだんマイケルだけが浮いてくる。脳って都合がいい。

時計の針を、いったん未来へ。

31年寝ていたデュエット

Queen & Michael Jackson - There Must Be More to Life Than This

1983年録音 / 2014年『Queen Forever』

Queen & Michael Jackson「There Must Be More to Life Than This」この曲のページへ →

声の位置(目安):2番(1:00〜)あたりからマイケルの声。

1983年、マイケルとフレディ・マーキュリーはジャクソン家のスタジオでデモを録った。曲はフレディ作。2人とも忙しすぎて完成しなかった、とフレディ本人が語っている。

フレディは1985年のソロ作で自分の版を出し、2人のデュエット版は2014年にようやく公式に出た。

未完のデモが31年後に公式作品になる。音楽には締切がないんだなと思います。

1984年。マイケルは、姉の曲にも声を置いていく。

姉に書いた、いちばん不穏な曲

Rebbie Jackson - Centipede

1984年 / 作詞作曲・プロデュース:Michael Jackson

Rebbie Jackson「Centipede」この曲のページへ →

声の位置(目安):サビ(0:50〜)の後ろのコーラス。

ジャクソン家の長女、リビーのデビュー・シングル。マイケルが書いて、プロデュースして、コーラスでも歌っている。彼女のキャリアで一番のヒットになった。

姉のために書く曲で、いちばん不穏なコードを選ぶ。愛情の表現が独特すぎる。でも結果、一番売れた。弟としては合格です。

妹のデビュー盤にも、兄はこっそり声を置いていく。

クレジットの端っこに

Janet Jackson - Don't Stand Another Chance

1984年『Dream Street』 / プロデュース:Marlon Jackson

Janet Jackson「Don't Stand Another Chance」この曲のページへ →

声の位置(目安):サビ(0:55〜)の後ろの掛け声と、エンディング。

プロデュースは兄マーロン。マイケルは作曲もプロデュースもせず、アドリブの声だけで参加している。アルバムはヒットに恵まれず、2年後の『Control』でジャネットは大きく変わる。

売れなかったアルバムに、いちばん優しい声が入ってる。この曲の存在を知ったとき、ちょっと感動しました。

最後は2018年。1980年に録った声が、世界のチャートに戻ってくる。

38年後の、夏

Drake - Don't Matter to Me

2018年『Scorpion』

Drake & Michael Jackson「Don't Matter to Me」この曲のページへ →

声の位置(目安):0:50〜のマイケルのフレーズと、最後のパート(3:00〜)。

マイケルの声は、1980年にポール・アンカと録った未発表セッションから。「Love Never Felt So Good」も同じセッションから生まれている。評価は割れたが、全米・全英のトップ10に入り、スウェーデンとギリシャでは1位になった。

亡くなった人の声を新しい曲に置くのは、賛否があって当然。でも1980年の声が2018年の夏に世界で鳴った。それだけは、ちょっとすごい。

16曲、ぜんぶ「名前の出ない場所」でした。最後に番外編を。

番外編 — 惜しくも漏れた5曲

  • Kenny Loggins - Who's Right, Who's Wrong (1979)サビでマイケルの声が聴こえる、と言われる1曲。この曲のページへ →
  • Minnie Riperton - I'm in Love Again (1980)亡くなったミニーの遺作に、マイケルの声が重ねられたデュエット(ファンがアップした音源)。この曲のページへ →
  • La Toya Jackson - Night Time Lover (1980)姉ラトーヤのために、マイケルがプロデュースとコーラスで関わった曲。この曲のページへ →
  • Carole Bayer Sager - Just Friends (1981)バート・バカラックとの縁から生まれた曲に、マイケルの声。この曲のページへ →
  • Kenny Rogers - Goin' Back to Alabama (1981)ライオネル・リッチーと一緒にコーラスで参加。この曲のページへ →

名前を貸さず、声だけ貸す。

16曲を並べて分かったのは、マイケルが他人の曲でやっていることが、いつも同じだということ。相手の曲なのに、一番いいところにいる。クレジットは小さく、声は大きい。そして、頼まれると断らない。

いつものプレイリストを、もう一度かけてみてください。どこかで、知らない声がします。それはたぶん、マイケルです。

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